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落語新潟















全関東大学落語研究会総連盟 落語が入らないとどこぞ極道の親睦団体と見粉う泣く子も笑う組織 中心となったのは東大落研 昭和20年代後半 東京の主だった大学落研に呼び掛け 慶応だけは入会せず 東大と意見が合わなかったんでしょうかねぇ〜


あたしの在籍期間(1965〜69)で総会に出席したのは我が大学を含め10校程度 幹事校は法政 その総会で創立時の東大落研メンバーでなぜか教授に収まっていた方に講演願う 当時の苦労話を まず人呼んでと言うより自ら呼んだ略称「全落連」 ゴロが全学連と似過ぎとして全学連から殴り込みを掛けられた 「ふざけるな!」「いい加減にしろ」「名称を変えろ!」シャレの解らない連中なんですねぇ〜 勿論連盟としては重々承知の助の確信犯 名称を変更するまで部室に居座られる 反社の脅しより怖い だからと言って「はいそうですか」とはイカのキンタ〜(うしろにまを付けないで下さい) 「連盟として東大一存では(一応考えてるフリ)後日回答致します」お引き取り願う






















 各校に聴き廻るほどのことはないと東大落研 その程度の知恵は持ち合わせていた そう!読み方を英語に 全関東・・・の全をオールと読ませることで全学連へ丁重なる回答に出向く いんぎん無礼とはこのこと


因みにあたしの現役時代の全学連(代々木系)の委員長は我が大学の 全学集会でスーツにネクタイ姿で登壇 「学生のクセしてそのナリ(着姿)は何だ!」「学ラン着て来い!」さんざヤジったものでした やなヤローでしたねぇ〜 その東大教授をお連れした東大生達 当時アイビールックや青学にリードされた渋カジファッションなのに学ランを着込んできた どこからともなくそこかしこからざわめきから聞こえる声で「そんなにいちょうのバッチをひけらかしたいのか!」「着る物持ってねぇのか」「貧乏人!」イジメですいやねたみし(ひ)がみです 入りたくても入れてもらえなかった連中の恨みが籠もっていた 東大がなんだ そうだそうだ あたしは言ってません で講演のあとの総会 連盟の鉄の掟の厳守 1新作落語は演らない2上方落語は演らない3出前落語に行っても決っして報酬は受け取らない 学生としての本分を自覚すること 総会の議題はこの確認のみ それ以外はなし 1と2はよろしいんですが3となるとねぇ〜 各校裏に回ると口を揃え「掟は破るためにある」「今どきねぇ〜」「そんなとこあんの?」我が落研はと云うと形ばかりの謝辞のセレモニーのあと「盛大に行こう!盛大に?」を合い言葉にその金で皆で夕食の町中華へいつもそれでした で総会に戻りますが皆さん気はそぞろでした 各所から「早くやれ〜」どっかで聞いたような・・・ストリップ小屋の客席から挙がる声かと Agendaの最後は全員最大の楽しみにしている「出入り」つまり合同コンパ 法政から歩いて直ぐの神楽坂 大衆酒場の大広間で満を持しての10数校 東大生達はいませんでしたなぜか「どんなことするの?」 オリジナルY歌合戦「なにそれ!」Y歌のレベルがハンパでない各校が勝負!「そんなことして何になるの?」箔がつくの!「それがどうしたっていうの?」『あのねぇ〜人(シト)が気分良く話しているときにだよ・・・』


 続けます それでは結果を発表します第3位ワセダのクリスマスが近づいたぁ〜で始まるジングルベル2位学習院の有楽町で会いましょう 以外と味わい深い歌詞です 1位我が落研の・・・元歌と歌詞は? 余りにもシド(酷)くて発表はできません 学生のやることですから おめえじゃねえか 東大のオリジナルY歌教えて下さい 小噺を「弘法大師に亭主を馬にされてしまった女房が『どうか亭主を元の人間に戻して下さい』と頼みこみかなえられると『あっ!そこだけはそのままに』


今でも各大学落研OB連から評価を受けている


 体育会系より厳しく「1年違えば虫ケラ同然」の世界 1年ジャリ2年奴隷3年天皇4年神様の団塊の世代 金源亭馬けんでございます 金源亭の「源」を「玉」と替えてはならぬ 馬けんの「けん」も「並」とする程立派とは 古典落語をより面白く!をモットーにして トーシローではありませんのでアゴ足枕が付いて祝儀は?円




連絡先は 090-4911-5544




指導も致します 故六代目円楽(青学落研)が初心者に「黄色い着物の人から教わってはいけませんよ」下手な方からの指導はお止しなさい 段階的に確立された指導法をマニュアル化してます 面白さを追求した漫才作家もやってます




小噺その2 林家木久扇が師匠の先代正蔵師に「師匠 どうして餅ってカビが生えるんですかね?」「バァ・カ・ヤ・ろ・う・はぁや・く・喰わねぇ〜かァらだ!」 NHK紅白で大トリと言いますがそんなことばはありません 寄席でトリ(取り)と言うのは最終演者を指します その日の木戸銭を席亭3割残りを「取り」と云うところから来ました 前座二つ目真打ちその他の演者に応分に 翌日に紙に包んで配分する役をトリ(取り)と呼びます この前三宅裕二(明治落研)が徳さんの番組でこれを話題にしてましたが・・・ これだけは言いたい 和食(洋食でも)で手皿をしてはいけません そんなお作法はありません お上品な仕草だと思っているのでしょうか?お育ちが もし手にこぼれた食べ物や汁を隣りの人の衣服になすりつけるのですか 皿や椀は手に持ちます 洋食ではテーブルに胸を押しつけこぼさないようにして そのあとコーシーでも飲んで 自称「全越三落語研究会総連盟」総師 越山会とは違います 今のところ会員はン名 御意見ありましたなら・・・








 


















 







 






『是』(部屋に掲載)


人間バカになるときにバカに成れないほどバカではない


『落研十訓』

 
一 (麻雀でノミ上がりばかりする奴へ)

ああまでして勝ちたいのかねぇ〜 恥てぇものを・・・ やだやだ 成りたかないねぇ〜

二 出世は学歴ではない! 社会に出てからが勝負!


 (その後 とき我れに利非ず 常に利非ずして 我れ落語者なり 己を知る 遅い! IQ値180よ何処へ行くう〜 ここに居るよ)


三 麻雀の借りは麻雀で返せ! 体で払うことは相ならぬ! 誰も所望せぬ故 女子部員に対してそれを云う輩がいるが・・・


四 女子部員との麻雀を禁ずる 胸元を大きく開けたり スカートをたぐり上げ必ず女子は色仕掛けでくる 負けること必至 その体で払うことは構わぬ が・・・・・・


五 コンパで陰から特定されぬようささやき声で女子部員に対し「脱げ!」と云ってはならぬ!


 落研に入部してくる女子は限度を知らぬ故


六 落研は学内の吹き溜まりと名が知られ どこのサークルからも相手にされない落ちこぼれの寄ったかり集団と自覚すべし


七 社会に出てその一芸をもってタイコ持ちになり ただ酒を呑むこともってのほか!


他場宴会に入るを禁ず


八 エロ映画館に入場した者を呼び出す際 国元の住所 出身校 落研であることを告げよ


九 この台詞を覚えること これも一芸 「毎度 にぎにぎしきのご来場 まことにありがとうございま〜す なお〜お客様におん断わり申し上げま〜す その筋のお達っしにより 踊り娘の衣装又は肌には決っして決っして触らぬよう 並んらびに〜写真撮影などは絶対に絶対に為さらぬようーお願い申し上げま〜す 『早くやれ〜』(司会者にみかんがぶつけられ)


それではご用意できましたでしょうか?ムンズックスンタゥート」タンタカタッタ―タカタッター


 ある踊子の追っかけをやり ファーのコートをはおったその娘と寒空の下 屋台のおでん屋で肩を寄せ合い・・・絵になりました その後一座の準職員(人手不足・常に)となり照明係に スポットライトを一点(?)「集中させた為『熱いわねぇ〜!』と怒鳴られ・・・司会を務める迄に出世・昇格bQに ここまでは世の中学歴ではない実力・・・だったんですがねぇ〜 今考えると天職だったのかも・・・ 好きこそモノの上手なれ 嫌いじゃないねぇ〜


 いえ素養があったのです


手入れ厳しく立川から八王子〜浦安に飛びそして大宮へと転々とする 人手不足の為ときにはナイスバディーの浜っ娘まで出演願う リズム感がなくてねぇ〜 枯木も山のにぎわいでもなくそれはそれで突っ立っているだけで初々しくて以外と好評でして ドサ廻りも忙しくも変化がありやりがいが 命を張った学生運動に比べ 鬼の四桟と対峠? 鈍く銀色に光を放つ投光器に照らされジュラルミンの盾


 止めてくれるな踊り娘よ 背中に顔を埋もれさせ 行かねばならぬこの大事


 大義名分何もなく(ノンポリ・ノンセクト) 笑顔で迎えてくれた一座の皆さん 泣きながら顔をこすりつけていた踊り娘よ 有難う・・・




 落語者の我が社訓


一 弱い人間ほど人の上に立ちたがる


二 顔相を観て 相手の心を見抜け!


三 戦場(常在)に危機が迫ったときの瞬間の判断力を養え! いつの世にも伝える


四 迷ったならば自然に学べ 未来(自分の将来を含め)は歴史に学べ 落語は拙(馬けん)に学べ


五 『物のあはれ』を知り過ぎるほどに知れ これなくして『人はこころもなからまし』 人間性を鍛えよ


 聞いたふう 耳学問をハナに掛け


 何とでも言わっし


 経営者にとっておきの話


 1985年幸之助さんの一番番頭であった松下電工の名誉会長丹羽正治氏に会見して感動した話を


 幸之助さんの人柄を述べられたあと 昭和30年頃関西の中小企業主を前にして講演の際『会社経営に欠かせないものの1つが月次決算です 一年に一度の決算では会社の状況が把握できない 皆さんも月次決算をしなさい』そのとき一人の中小企業主が『幸之助はんのような立派な企業はそれができまっけど ワテらのような小さな会社では無理ですわ』すると幸之助さんイスからスックと立ち上がり演壇へ行き一言『やる気でんな!』と言って背を向けて戻る そのときの受講者が後日 幸之助さんを尋ねてきて『あのときいわれた((教え))を忠実に実行してマアマアの会社になりました』と礼を述べた その人は倒産した会社の→元社員が創った企業 京都セラミックの代表稲盛和夫さんでした




躾教室&マナー


食のお作法 TVの食レポなどで パンやコロッケなどを一口でかじると 食べ跡がC字型に残されます やってはいけません 食べ跡を平行線になるように三口でかじるのです 心して下さい お品良く


その2 食事中は会話をしながら楽しく・・・口の中に食べ物が見えると不快です キチンと飲み込んだあとから 日本の食のお作法は黙食でした 太宰治の家のように 暗〜い感じかも ウチもそうでした


その3 のり弁・・・白いご飯を汚すものでは(丼も?)ありませんと言われて育ちました 反論は承知で・・・


その4 歩きながら食べたり飲んだりしてはいけません お家に帰ってからキチンと座ってから味わって食べて下さい


その5 屋外で味見してもらいたい時食べ物を相手の手に乗せようとします 小皿などに乗せて下さい 素手の上に食べ物を置いてはいけません


その6 江戸っ子が忌まわの際に「アーつゆをたっぷりと浸して(そばを)喰いてェ〜」江戸っ子の粋がったヤセがまんを表した落語の小噺です


同様なことが TVである漫才師が「ソバにつゆをたっぷりと浸したら ウチの敷居を跨がせない!」とおかんが言っていたと・・・半可通もねぇ〜 それなら『東京蕎麦通読本』をよ〜くお読み下され! そんな伝え事が間違いである事を又  「固く茹でてくれ!」「歯の丈夫な方がいらっしゃるようで・・・」有名な老舗のソバ屋のご主人が皮肉ってました 酒のつまみにつゆなしでそのまま食します 口の中が爽やかになりいくらでも・・・ ソバをたぐる時一口入れてからズズーズズーと音を立て箸を使わず吸い込む輩それを通の喰い方とでも? 下品極まりない ラーメンでも音を立てて食すものではありません 音を立てたのはラジオ時代の落語が始まりでした お解りですよね


社会のマナー 躾とは習慣です・いまからでも


1 人の前を平気で通る人がいます・人前を通るときは会釈をして 又は手刀を切ってお引けえなすっておくんなせえ〜・・・と


2 TVのタレントさんが考えなしで人を指差しています 人に指を差してはいけません 親から躾を受けてなかったのですかね 同様に食事のとき 食卓に肘をついて箸でもって講釈をする人 やってはいけない仕草です 高齢の男優の方 そして相手方に手の甲を向けながら振り払らう仕草の人・福が来ませんよ 味見するとき・手の平にそれを乗せる ご自分の手を信じてはなりません 食中毒? その手は洗いますよね


3 箸でもって食器を移動させる人 なんも言えません


4 他人から物をもらっても お返ししない人が・・・ これを『仁義返し』と言いまして このような人は終いには誰からも相手にされなくなります


 これも親の教えが為されてないのですね 世の中を渡る為の対人最低限ルールです


5 他人の家を訪ねるとき 例え親子であっても手土産を持っていくことは常識です 又、子供がお世話になったなら 何かしらの物をその親に送ってあげるのは当然のこと これも仁義返しです 一方送られた側は着いたなら直ぐに御礼の一報を このこと解らない人が ・・・何と多いことか!


サークルの後輩 卒業時に勝手に押しかけてきて いそうろうを決め込む その親からは一片の礼状もなく 親の顔を見てみたい その程度の家庭なのかと そして同輩二組共夫婦で来てご馳走になりながら言葉はおろか礼状の一片もなく 60才の大人なのですがね 余程の育ちなのですね 空いた口が・・・


5−1 その逆のケース


学生時代の友人 金を貸してた 社会人となってそのままに 先日54年ぶりに実家に訪ねてきて電話番号を聴いて電話してきた 借金を返さないと死ぬに死ねない・・・わざわざ神戸から訪ねてきた 後日東京で会うことに だったらその前に返せ! 返すだけマシだけど・・・


6 足を組んで食事する人 言わればければ分からないのですか?


7 箸を持つ手ともう一方の手の指で皿の上の肴を押さえる人 両手使い 食べ物には箸以外触れてはなりません 寿し以外は


8 逆に箸を持つ手だけ動かして食べる もう一方の手は膝の上に手の平を上に向けお上品を装う 片手喰い・犬喰いです 田舎のお年寄に見受けられます 端で見ていると見苦しい仕草・背が丸まって


9 家庭での和食 一人ずつめいめいのお皿に盛って下さい バイキングや中華ではないのでめんどうでも・子供の為にも習慣づけて下さい


10 一番大切なこと ごはんは一粒残さず食べること 提供してくれた人に感謝する基本中の基本です も一つの基本中の基本 100以上の%の数字はありません 数学を知らない人です


11 日経土曜版・結婚式に参列した時・ロングヘアーはマナー違反?新婦より目立っては・・・そりゃないでしょう ただ食事で箸を持ってもう一方の手で髪の毛をおさえる・これはいけません 片手喰い 次にデパートで売っていた二流ホテルのお弁当でプチトマトに緑のヘタを付けたまま 赤と緑のいろどりを良しとしてパートさんに任せた浅知恵 板前ならしません ヘタを取る時・箸のほかに手を使わなくてはいけませんしヘタに食中毒菌が付着しているからです・だから二流ホテル


12 チャリが歩道でチリンチリンとそこ除けそこ除け それなら車道へ・歩道を走らせながら鳴らすとは ならず者!ごろつき・無法者・ハナつまみ者め! 若者だけでなくジジィ・ババァ迄もが


13 よく「只今御紹介にあずかりました『なんのたれべい』と申します」巷で度々聞かれる定型句です 皆様不思儀に思いませんか? 司会の方が紹介・つまり他者紹介して下さったのにわざわざ自己紹介を重ねてする バカさ加減も極めれり 司会の紹介者に対して非常に失礼です どこかのへっぽこ政治屋が名前を覚えてもらおうと必至になって これをへっぽこ政治屋でもない一般の人までも・・・PTAの会長・どこかの偉いさんなどが考えなしでマネしている・・・よーくお考えなすっておくんなさいね・バカにされますよ いろんな会があります そこで毎回出席もせずにタマに出てきてケチをつける人 発言権利は常に出席した人が有するものです 常識です


14 「ど真ん中」下品な言葉で嫌いです 少なくとも東京では言いません これを云うなら「真ん真ん中」と言います いつからこの言葉を誰が使い始めたのか? 大体のルーツは薄々と あのスポーツ界の人達がその地方のそのまたガラの良くない地域の方言を取り入れた


15 近年ネクタイの結び目にえくぼをつくって締めてます 昔はえくぼができるとキレイにならしたものです・見苦しい!と 日本のみならず・・・


昔者のあたしには納得が・それとカラーのYシャツにネクタイも


16 ベストの最後のボタンは外すものです


シワができるとみっともありません・上着の第一ボタンは立っているときや歩いているときは掛け 座っているときは外します マナー中のマナー


17 ビジネススーツに白や赤のくつ下はねぇ〜・高校生?


18 シワが寄っても麻のスーツは好きです シワは麻の特徴ですし・何より涼しい 靴はコードバン・劣化し易いけどあの色と輝やきが何とも云えなくて 腕時計は昔から皮膚アレルギーでしたことない ネックレスとか指輪の光り物は昔やくざもの(四民に入れない噺家・芸人・歌舞伎役者などの流れの人達)が身につけていた いざの時換金できると あたしも帯の結び目を端に据えて・白足袋履いた噺家気取ったやくざものですが


19 退職してサンデー毎日の身となった男共 差し出す名刺がない・よって肩書きも無い・落着かない 名刺を求めて一番手っとり早く身近にあるもの そう町内の役員・そこに売り込む・めったに下げたことのない頭をペコペコと・その甲斐あって役員に・ようやく名刺が作れる・これで他人に誇れる どこまでも自分を偉くみせたい・評価してもらいたい・えばりたい肩書き人間 ああまでしてやるかねぇ〜・やだやだ・真似たかないねぇ〜


20 前回蕎麦の項で読んで欲しい本を・・・間違えました その本の中に「音を立てて勢いよくすするべし」通ぶって粋がってすすると誤讌になります・特に年寄りは・そして下品です 「麺はつゆに三分の一ほどつけるべし」『聞いたふう耳学問を鼻にかけ』 この本に載せられた蕎麦屋さんは全て同類・同種の蕎麦を提供しているようです


 代表して三大老舗で比較すると そば粉の配合から始まり・麺の太い細い・直ぐに食べてもらうのか・出前を前提とするのか・その為水の切れ具合によるつゆのつけ方・つゆの濃い薄い・今確かに関西風吸い物出汁になってきた 尚のこと麺にたっぷりとザブンとつゆをつけても良いのです 江戸風出汁の伝統の濃いつゆが消え なぜ関西風・京風の甘ったるい砂糖・味醂の入ったつゆ ここでも幕府方・賊軍となる・・・おのれぇ〜!


 長岡藩士・河井継之助 小千谷会談の遺恨が今も尾を引くあたし その時の官軍の代表者岩村精一郎・土佐の田舎者 同盟軍が藩境の榎峠を攻撃しているのに気付かず


 小千谷の慈眼寺で村の娘に給仕をさせて朝メシを そこへ同し官軍の山県有朋 泥わらじのまま上がり「バカ者!」と怒鳴りつけお膳を蹴り上げた 官軍内でも評価されなかった岩村と小千谷会談したとは継之助はよくよく運が悪かったのか 京都時代の継之助の情報収集活動は官軍方各藩の主だった侍達の評価は高かった そのような岩村と小千谷に代表として派遣した官軍の責任者は誰だ! まさか歴史に残る人物では?


 この岩村に対してあきれ返って小千谷の寺を跡にした継之助 少ーし〇〇・・・り・胃が丈夫な方とはなしても通じる訳がない


 それから西郷以下の官軍・海から新潟の漁師村の松ヶ崎に上陸・会津へと 新選組に対する憎しみを呼ぶ それにしても官軍兵の行為 死体となった会津藩士の妻・娘に対しても暴行した これ以外にも云うに云われぬ・・・


 それ等の官軍の従(やから)が明治になり人の上に立った


 会津・新潟の家では代々の云い伝えが


 薩・長・土・肥の者と口を利いてはならぬ!顔も合わせるな!固く申し伝える


 いきなり脈略のない問題提起 なぜNHKの大河ドラマは河井継之助を主人公として取り上げないのか?・あれだけの大人物を 穿った考え・それは明治以来の政治家の薩摩・長州・土佐・肥後に遠慮してのこと? お札の人物には官軍方のみ


21 はなしが脱線しましたが・戻りまして これも粋がってわさびをそばの上に載せてすする人・鼻にツーンときて咳が出てきてそばを味わうどころでは・つゆに溶かして下さい


 刺身の上にわさびを載せて食する・これも同様 醤油に溶かして魚の味をしっかりと舌に伝えて・その代わりジャムを載せないで下さい


 江戸の昔はわさびは値が張るので唐辛子でした・開店出血大サービスはわさびのときも


 そば屋の天ぷらは時間が経ってもパリッとするように独特の工夫


 くれぐれも言っときます つゆを少しだけつけてそばをひとくち喰ったそのあと・狼口のつゆを口に継ぎ足すのは やせ我慢の成れの果て・いまわのきわに後悔しないように・・・


22 冷たいそば(もり)に海苔は掛けません 掛けたのを一般にざるそばと称してますがなぜなのか?一つはそばの味が変わるからです・もう一つは食したときに上顎にひっついてスムーズにそばがのどに流れないからです


 そば通は海苔の掛かってないもりそばを注文します このことを分らないで客単価を上げようとして「もり」がない「ざる」しかメニューのないエセそば店があります


 テメェのそばに自信のない店で・やはり不味かった


23 天ぷらはお猪口の中のつゆに突っ込んで喰えとのそば屋さん 天ぷらの油が浮いたつゆにそばも一緒にぃ〜? いけません


 天ぷらに浸すつゆの皿を別に用意して


24 ある地方の有名ホテルのラウンジ


 帰りの集団が一斉にコートを羽織り始める クロークに預けることを知らない ホコリが舞う ホテル側も注意すべし こちらは呑んで食ってるのに 無神経!田舎者!


 同様に居酒屋・町中華の小上がりで座布団をバサッ・バザッと投げ置く 他人が食事中にもかかわらず・田舎者め!


25 握手の時・やたらお辞儀しまくり頭を下げる多くの日本人 お辞儀と握手は分けてなさったならいかがでしょうか?


26 授業時刻を知らせるビッグベンのチャイム 全国統一 外国の方が不思儀に思う 日本の童謡を流したなら?万人向けに


27 変ではない行為 名刺交換のとき 先に渡そうとする行為 相手方を尊敬して


 テキヤの「お引けえなすっておくんなせぇ 早速お引けえなすってありがとうござんす」任侠の世界がビジネス界にも受け継がれ? 日本人特有のリスペクトした行為


28 会社でも役所でも自分に何らの権限がないのにトラブル処理をしようとする従(やから) 自分を偉くみせようと 自分が止めたと上司に報告・評価してもらいたいのか? それと自分は非論理的な受け答えしかできないのに頭の回らない己を知らない 理路整然に程遠い〇〇の人・・・〇〇とはなしても時間のムダの担当者が世の中には あげくの果ては電話ならガチャン 対面なら追求されると真っ赤な顔でいきなり席を蹴る 脳ミソが働かないのでパニックとなり便所の火事に注1へ・・・注1 ヤケクソの意


29 呼び名


 TVで高校生を「学生さん」と呼んでます 高校生・中学生は生徒と云い 小学生は児童 大学生のみ学生と呼ぶ 分別して下さい


30 またTV等で知らない(他人)人を梱まえ お父さんと呼ぶ あたしも呼ばれたことがあります 非常に不愉快 それを言うならお父様だろ!! 関西では「おっちゃん」と呼ばれても恐らないが「おっさん」では恐る 新潟での呼び名は「姉(あね)さま」「兄(あに)さま」「お父っつぁま」「おっ母さま」花街ことばでしょうか?ウチではそう使ってました・柔らかことばです


31 他人(ひと)の息子や娘を息子さんとか娘さんとかさん付けしない人がいます 云われた当人は「ナニこの人!ことばの使い方・礼儀を知らない・・・」NHKのレギュラー番組の関西の噺家さん 聞いていると不快です


32 新潟弁で的を得ている語


(イ)「ガッツリ」は食べる意それでは酒等を多く呑むときは「グッツリ」呑むと云う


(ロ)どこかの太ったおやじが車の運転席でアゴをセリ出し余裕の表情で深々と腰を沈めているさまを「とっくら」としていると・又満腹感に浸っているときのひととき表情が・何とも云えなくほのぼのとしたそのものズバリを言い表した新潟の方言


33 無人販売店 要らぬ罪つくり 性善説を信じるのですかねぇ〜? よーく考えて下さい これ以上の罪人を出さないこと お止めになったならァ〜?




提言


 あたしは新潟市在住 欠けているものに交通体系 近年役人発想による連節バスなるものが 衰退を助長することに バスは呑んだ後は乗れません 電車と違いバスのエアコンではアルコール臭を吸収しません モノレールより建設費が安く架線の要らない路面電車「LRT」を 東西南北の幹線に延伸 夜遅く迄運行 各駅間は短かくはせずその駅からはコミバスで 赤字バスの乗客やマイカーをそちらに振り分ける


 夜の街の活性化にも 場当たり的行政もここでバス中心の観念を捨て 中心部の駐車料金・東京よりバカ高い だからこそ電車です


2 行政の失敗は堀を埋め道路にしたこと 昭和39年新潟国体に合わせて・・・新潟に観光名所が無くなった 只でさえないのに 信濃川から取水する工夫がなかった 今ある物に信濃川・阿賀野川を整備して そんな新潟の自然を生かした水上レストラン・冬も営業の通年観光 船の購入費は国・県・市からの補助金 万代島周辺の活性化は倉庫群等の天井の高さを利用した・生バンドの飲食街 今ある万代島のB級グルメ街 中途半端 とりあえずの役人発想 役人なら交通渋滞が想定されたはず


3 本町・古町のシャッター街 魚通り・野菜・肉及びキッチンカーの道の駅の露店街通りを創出 出店してもらうのだから にぎわいを作ってもらうからして出店料は無料! 雨でも雪でもアーケード・強え味方があったのだ! にぎわいの原点は市(いち)と祭りから・・・昔から云われてます まずは食べものから切り口を求め アクセスは路面電車ですよ・これが基本となります 祭りは人が一番興奮する夜の火を利用演出 数隻の台船の上に内から光りを照らし(例えば青森のねぶたのように)更には川面に浮かび上がらせたディズニーのような台船上のパレードや・あるいは歌やバンドやミュージカル等々企画は数え切れない程ある 演者と裏方が盛りあげた熱気が闇の中に火を灯す夜祭り・それを冷まそうと川面を撫でた風が吹く・暑気と涼気の女の夏の夜姿


 水上の熱気と川面の涼気のせめぎ合い  今の祭りに不満を持つ若ぇ衆(し)達 役を取られまいとする仕切り役のジジィ達が立ちはだかる 若者達がスタッフとして企画・この指止まれと仕切るなら祭りは成り立つ JCに期待・・・? しかしJCは間違ったエリート意識を捨て・運営会議では脇役の議長を務め・論議を分ける等の交通整理役に徹すること ◎「人間バカになるときにバカに成れないほどバカではない」それが祭り 若者よ・バカ者に成れ・立て!


4 関東の有名温泉地の超高級旅館数軒へ 一泊8万円前後 勿論年金暮しのあたしにはそんなバカ高いトコには通常では・・・夕食が和食なのに一部フレンチ そこ以外の宿でも同様 板長達がフレンチかぶれしているのか?流行なのか?そんなバカな!邪道だ!和食を何と心得る 和食の料理人としての誇りはないのか?そんなトコには行きたくない 実費ではいけないけど・行きたくとも・・・


 部屋は確かに露天風呂付きで豪華・雨でしたので入れませんでした


5 新潟阿賀野市にあるさびれた温泉地 一部旅館は既に廃業している 3泊してその原因を考える 決っして安くはない・なのに部屋にトイレは付いてない・そんなトコ修学旅行のとき以来 夕食は豪華さを装って一匹もののカニを連日 そのカニがですよ・小さくて小さくてみどるカニの身がない しかたなくコップの中に入れカニ酒3日間 付近はお寺だけで昼食する食事処がない やむを得ず宿に依頼 出てきたのは干しソバor干しうどん それも3日間 どこにも名所らしきものは・・・ない 昔ながらの旅館3軒程度が残るのみの湯治場 いずれは淘汰されるのか 余所(よそ)と比べる努力が足りない・井の中の蛙の田舎宿 今できることは部屋付トイレに改築することから


6 岩室温泉の高級木造建ての和風旅館〇〇屋 割高ではないのでメンバーとなってます そこの夕食の和食のフルコース(通常)・申し分ない・一推し やはり板長の基本理念がしっかりと 但し布団を述べる際ホコリをまき散らす 次にそこの斜め向かいで弥彦に向かって150m先にある・ソバ屋さんの中で特Aランク「わた〇」さん 一度食してみたならいかが・・・




提言その二 紙媒体


1 衰退していく地方紙 今や紙媒体の時代は終わった!そんなことはありません!


 中央紙も部数を減らしてそして値上げ・増々部数が減っていく悪循環・材料である紙は値上げに・記者及び人件費の給料も上げなくては・・・地方紙ならではの取り組みを 記者を増やさなくても興味ある引き寄せられる記事が載せられます 記者は一般のリタイヤした方を対象にして(いわゆるサンデー毎日の方を)勿論若い方・高校生・中学生も 市民全員が記者となる 隣近所・知り合いの書いた記事が活字となって話題作り それが口コミとなって広がり読み手が多くなり部数が増える 手をこまねいてこのままでは余りにも・・・あくまでも紙にこだわるあたし 四の五と云わずに「やってみなはれ」と これも幸之助さんの云う決めぜりふ「やる気でんな!」


2 あたしはビール(特にドラフト)・ウィスキー(年代物で18年以上43°以上)・ワイン(これも年代物)・酒(酒と言ったら日本酒です・ルームテンプル室温いわゆる冷やで呑みます) 昔で云う一級酒 吟譲酒は度数が高いだけで直ぐに酔い旨いと思ったことがない あべイエロー(柏崎)軽くて爽やかそして旨い・しかし手に入らない 普段は岩室の酒蔵から直送してもらい あらゆるアルコールに対する舌には自信がありまして ウィスキーは昔から18年もののオールドパー 若い頃から呑んでいて・これ以外は・・・


 ワインは赤ワイン(室温ではなく少し冷やして) 今迄に一番おいしいと思ったワインはビジネスクラスで呑んだ赤ワイン それから1本ン万円するワインを種々多く飲んでもおいしいのと出会うことには 納得できるワインに会えない 出会いたい! 若いお姉ちゃんにも・ムリだろうなァ〜ダメだろうなぁ〜 このエロジジイ!


 注 これは願望であってそれ以上のものではありません


 ワインならこの先出会いがあるかも?


3 酒(日本酒)に戻って 吟醸酒 先程も云ったようにやたら度数が高いだけ・その上旨味がない 蒸留酒と一緒・度数が高ければ美味いのか?ウィスキー・ワインと一緒で息をさせ寝かせなければ旨味は出てこない


 雪室や海水の中に寝かせ波のゆりかごやクラシック音楽を聞かせ(振動で)ての低温貯蔵等 ウィスキーやワインの貯蔵技術を参考に勉強なさったなら? 酒でもウィスキー・ワインでも品評会で優勝・1位でなら売れるとは認識が甘いようです 一時期それで売れても商売そんなに甘くはありません 旨みの上に 口コミ・評判・うわさが左右するものです


 よく御当地の酒舌自慢が登場します ダメなんですねぇ〜 先入観念・御当地贔屓(ひいき)があって井の中の蛙(かわず) このような方に何を言ってもダメ 時間のムダ 舌で考えることができない冷静な判断?・いわゆる田舎もの 御当地贔屓はたち(性質)が悪い・凝り固まっていてつけ入るスキがない


 一例として新潟の所(しょ・そこに住んでいる人達を云う)は鮭は河の水を一口飲んだのが一番旨い 一番旨いのは脂の載った北海道の沖採りです これも井の中の蛙 その土地の言い伝えを信じている 一時期新潟では焼きとり屋でしか扱わない)扱えない酒が超有名銘柄に 推奨した評論家女史・どのような舌をお持ちなのか? 何度呑んでも旨いと思ったことは 舌は個人差があると云うけれど・・・ねえ!・・・


4 うなぎ


 うなぎを昔は「のろ」(本当)と云いました ある時そののろを鵜(う)が飲み込んだ それは大きなのろでなあ〜・半分程飲み込んだところでそれ以上飲み込めない 鵜が目を白黒しとった それを傍で見ていた人が「アッ!鵜が難儀をしている・鵜が難儀・うなんぎ・うなぎとなった 落語にあります 鵜がのろを飲み込む・実際に見ました 所は東京芝浦の運河沿い 小犬の散歩をしていたところ正にその光景 半分程飲み込んだ処でもがいてた・向こうに新幹線・上はモノレール 落語のように鵜の首に天然うなぎがからみつき難儀をしていた・かなりの時間を要し四苦八苦してようやく飲み込む 落語の噺は本当だった サンデー毎日のあたしは外にやることもなく終りまでお付き合い


 そのうなぎ 養殖臭いまま提す新潟の店が うなぎ屋の誇りを捨てている 昔新潟の〇亭のおやじさん 信濃川に生けすを造り天然の味に近付づけていた 土用丑の日は休み 東京タワーに近いうなぎ屋さん その昔天然うなぎしか提さない・採れないときは店を閉める 人の良いおやじさんで親しくはなしをさせてもらう 皆商いに誇りを持ち・客の舌を鍛えさせる


 あたしゃうなぎは酒の肴に・白焼きで・生キモ飲んで そのあとうな重を 腹がふくれる欲喰い そば屋とうなぎ屋はお漬けものでその店の格が知れる そばとうなぎが供される間の酒のつまみはお漬けものであることより


5 ここで突然ですが・作者の都合により脈絡なき世間の問題点を


 ゴルフで打数を過少申告・つまりスコアをごまかす徒(やから)「ああまでして勝ちたいかねぇ〜 やだやだ・・・なりたかないねぇ〜」


6 今の落語界


この前立川志らくがTVで語っていた


 その通り プロの世界は厳しいと云われる 厳しくないのは落語界 淘汰されることがない 誰でも入れて長く居れば真打ちに成れる


 プロに一番必要な素質を必要としない 問題点は入門試験がない事 落語が好きだから・下手な横好きで弟子入りすればあとは「寝床」(自己満足)の会 そこの師匠(と云えない年功序列の師匠)が一番悪い 情熱があったから・・・ およそ考えられない情だけで青天井(誰でもいらっしゃい)の業界 厳しいのは昔ながらの従弟制度だけ 入門試験が必要です 1口籠るしゃべり 2歯切れが悪い 3しまりのないしゃべり方 4少年口調そのまま 5「早えハナシが」の間伸び口調 6ダジレェー(夫人)や女形口調を芸だと思っている徒(やから) 7モノマネができない(モノマネできなきゃ芸人でない)面白味のない噺家は相手にされない 8最重要の真打ち試験は「大工調べ」を語らせる お職人口調のべらんめえができるかどうか? 現在の真打ちでこの噺を持ちネタにできるのは果たして何人?


 入門許可はこれらの素質ある従のみ


 情に走った小さん(5代目)師匠・裏目に出た 特に12345に挙げたハンデのある噺家さん・先天的なものは努力しても直りません・今直ぐ転職なされたなら?・・・ 売れない芸人ほどみじめなものはありません 席亭にも責任が 基準に達してていないその他大勢の真打ちをそのままに・・・ 古い寄席の状況に戻して・羽織(?)で来る通の聴き手を育てることが噺家を育てることにつながる ホール落語では噺家は成長しません 昔の噺家は寄席で落語以外の面白いはなしを語ったり・長編落語をじっくりみっちりと語っていた自由な世界


 噺家の器量を奥深くさせ・ブームではない真のファンを創り上げる すると噺家も連れてくる


























落語を芝居にする


以前NHKTVで落語噺を芝居ものにして放映された 長続きはしなかった

 それは落語の持つ『何か』が欠けていたと思う

 「歌舞伎+落語2023・10月16、17、18日 於:浅草公会堂」のポスターを目にする

 落語噺を芝居で演るのには難しいと思われる その要因は色々とあります

 まず第一は落語のマクラによく俳句をもってきます それは噺に入る前に聞き手をその噺の季節の現場に連れていってくれます その代表例として桂三木助の「芝浜」に「明けぼのやしら魚ごときこと一寸」芭蕉 俳句ならずとも桂文楽の「船徳」では「四万六千日様お暑い盛りでございます」たったこの一と言で きのうまで降り続けた梅雨・明けた途端一転して真夏のあぶら照りする日盛りの状景が浮かびます

 名人の落語は説明するのではなく 一と言の描写で聞き手の頭の中に瞬間・肌感覚を含めた状景を入り込ませます ですから落語はムダ言葉を嫌い・凝縮され洗練されたことば・煮つめられたことばを選んで使うのです 更にはなし手は場面・場面で登場人物と周囲の状景を工夫して聞き手の頭の中の立体空間にいかにスッと入っていかせるか つまり空想させ絵を描かせるかを  これを味つけと云って噺し手の腕のみせどころです 歌舞伎舞台に名人の噺を是非演じてもらいたい

 この新しい試み・挑戦を歓迎します

 あたしが想うに歌舞伎として演じる落語噺・最初は「船徳」が最適では

 場面転換の少ない舞台向きの噺で 主人公が歌舞伎役者そのものの 様子の良いやさ男・イケメン 女の子がうっちゃっておくはずがない 道を歩くと女の子に囲まれハイごめんよハイごめんよとかき分けかき分け 遠くから「たあやァ!!(音羽屋)」と声が掛かってきそう その主人公の大店の若旦那「徳三郎」 道楽が過ぎて道に落ちて勘当になり柳橋の出入りの船宿の二階に厄介になる これを十六かい(2×8)と云いまして 時代は九代目団十郎と五代目菊五郎の明治35、6年頃に設定 (ナレーション)「四万六千日様お暑い盛りでございます」で幕が開く

第一幕・セット 柳橋・船宿の二階の部屋 日盛り時を強調する 川面にゆらめく陽の輝きが反射 そのまた反射が二階の部屋の天井に映る そこには親方と徳三郎が向かい合う

第二幕・セット 川の中 舟を漕ぐ徳の得意気な顔・・・でも悪戦苦闘

第三幕・セット 橋から見下ろす竹屋のおじさんに必死に漕ぎながらも見上げる徳におじさんが声を掛ける「徳さ〜ん一人かァ〜い 大丈夫かァ〜い?」

「この前いえね大したことねぇんですがね 子供を連れたお神さんを川ン中へ落っことしちゃいまして」

第四幕 舟の下手に座る舟ぎらいの客 その遣り取りを聞き不安が増大する表情に

第五幕 舟を誘った客 徳を信じて初めは安心していたものの終いには

 この五つの表情・肌感覚・情景の観せ方・季節感等を嗅ぎとらせ 動きにも味を出すようにして下さい

 次に歌舞伎が得意とする人情もの 落語で云う人情噺 名人と云われた人でも深い情味を出す場であっさり通過している個所が見受けられます それは名人となると噺を一度完成させてしまうとそれ以上の味つけが思考停止してしまうのか? それを補えるのが時代として登場人物が着物を着ているとの共通点をもっている

 歌舞伎 そのつんだ芸が演じてくれる 落語の洗練された笑いを取り込まれることを歌舞伎に期待します


2023 10月16日 於;浅草公会堂 開演17;30

去るお人のご厚意で観覧させて貰いました  初めの錦笑亭 漫堂 の枕 生い立ち 身の上話しが漫談調  も少し落語口調で それと早口で語尾が聞き取りにくい 急いでしゃべらなくても良いのに  新作落語に入る  新作についてはいろいろな意見がある  古典だけが落語ではないと  新作も時を経ると古典になる  ただ今のところ 古典になりかけた新作は無い  落語は着物を着て座布団の上で語ります  長屋に住むお職人の八つぁんに熊さん・町内の交通整理役の横町のご隠居さんに少−しハカ・・・りタガの緩んだ与太郎さん・それに道楽が過ぎて勘当になった若ダーナ  道楽の素となった吉原 ・深川・四宿は今は無い  長屋はマンション・殿様はネクタイ姿の社長さん

歩いて行く  歩いて行くしかない旅は車に新幹線  時間が早く通り過ぎる現代では 小間切れの小咄は創れても今はゆったりと流れる時と生活様式が落語の体質と離れて行くばかり

このたび  落語の題材を歌舞伎で演じる企画はありませんでした  期待外れ !  いえ  わざとらしいタイミングで現在落語の文七元結 が歌舞伎座で演じられてますテレビで観た限り  落語では語ることのないシーンをさりげなく加えてきました・・・さすがです

満堂の落語批評・・・・・・止めときやす


前回に続き  落語のマクラについて

安藤鶴夫さんに云わせると  マクラの妙味てぇものは  画(え)と賛(ごんべんのさん)の面白さじゃァなかろうかと  そして本文の落語とつかずはなれずてぇところが面白いようで  三木助(三代目桂三木助)の  芝浜  の面白さはあの三木助独特のマクラの為に 芝浜 と云う落語そのものが特におもしろくなったんじゃァないかと考えております・と  マクラ俳句に埋められた季感を引き出してきます

明けぼのやしら魚(お)白きこと一寸  

隅田川で白魚のとれた江戸の頃のマクラを振る  ただ三木助からすると 白魚の一番旨い時期は2月であって  桜の頃ではないらしい  ・・・すると船頭がこの客心得てんな と 睨むてぇと・・・・・・そのあと魚屋の話に入る ここらがマクラのおもしろさだと存じますな・・・と安鶴さん  あたしもこのCD(籠もって聞き取りにくい)何度聞いても そして三木助のお職人口調のべらんめぇ  聞いていてスカッと爽やかコカコーラではなく さすが名人のしゃべり 立て板に水  落語家(はなしか)はマクラをちゃんと演れれば一人前 !

次に寄席のあり方について

寄席と云うところは ホール落語 やテレビ放送 と違い 誰がでるかはわかっていても  何を演るかは 高座でしゃべりだすまでわからない  落語には演者中心の考えがあって  誰を聞くかが問題とされた  落語家がそのときの気分で自由の裁量から噺を選んで高座にかける・・・と矢野誠一さんは言ってます  しかし今の寄席ではそれができません  一人の持ち時間が長くとれないからです

昔(1967年頃)上野本牧亭で桂伸治 (のち文治)師匠が我々落研が大勢占めていたときこれを見て  今日はお若い方が大ォ御座いますァと言ってそこから梅毒の初期症状から末期症状のハナが欠けていくまでを事細かに解説してくれ終いは「お気をつけなさいよ !お若いの・・・」て結めました  寄席の存在価値はここにあるのです  今日の伸治はどんなマクラを振ってくるのかな ? との楽しみを持たせてくれます その先どんな噺に入っていくのだろうとわくわくさせて・・・これが寄席 ! 寄席でしか味わえないなにかを  外れっぱなしになった伸治師匠の高座を復活できないものかと  引いては落語家のファンクラブを増やすことにつながる  いきなり戻りましてウチの大学教授は授業のマクラで  コトが終わったアトは即ションベンして菌を洗いながせ ! と忠告してくれてくれてました  でないと ハナが欠けてきてしゃべりがフンガヒュンガと  女子学生のいない大学は自由度いっぱい  梅毒ネタはハナシとして盛り上がる  その教訓を若ぇ衆(し)に伝えます  ナマはいけませんよ  ナマは  ナマはビールだけにしておきなさい・・・ネ !


昨日まで 同し空気を吸っていた

離れていても 今日の空気は動かない

火葬場へ  バスから観る校庭の  元気な声は  虚ろに流れ

義兄の葬送に参列

魂はこの世に遺る

いつまで居てくれるのか  この世は常ならず  華やかな一時代が過ぎて・・・終う


落語  百川

くわい金団(きんとん)  喰ったことがないが  レシピは砂糖と少量の塩にくわいを入れ とろとろ煮る

そこに山芋さつまいもに飴を入れトロ火で練り混ぜ 栗きんとんの代用  旨いものではないと  そりゃそうでしょう


先ざきの時計になれや 小商人(こあきんど)  時間の観念の無い人  これも親の躾  待たされる相手の人の身になって    


落語  錦の袈裟

今どき 洋式トイレで野郎が立ちションベン  アーラかわいそう  雪にションベンちょびちょろり  飛沫(しぶき)飛び散り

残った雫(しずく)は白い房(払子−ほっす)でもって露祓い


落語 湯屋番船徳

食客(いそうろう)いそうろう角な座敷を丸く掃き  いそうろう出せば出る気で五杯喰い  いそうろう  さんでなし 様でなしそこで先生ねぇ大将

ケンカ売(ばい)のテキヤ(露天商)の前に陣取った爺さん  「買ったァ !  」 テキヤすかさず 「あんたは偉い!あんたは大将 ! 」

すると爺さん 「俺は二等兵 」 減らず口のテキヤ 「二等兵でも大将に成れる ! 」持ち上げる  ンナわけねぇだろう ー  端から小声で「この場では・・・???」


落語小噺の番組の途中ですが  作者の都合上  いきなり「戦争反対」と云う「老年の主張」に切り替えます  これからの選挙有権者数は65才以上が 全体の四割を占めます  現在  ウクライナーロシア・  パレスチナーイスラエル  これらの戦争に表だって意見・行動を起こすことのない我々団塊の世代  その昔・ノンポリながらも少しでも意思活動を起こした我が輩と君達

それを一過性の熱病と人は云う・・・なんとでも鰯っし  しかし 広島 長崎の民間人大量虐殺がまたそこで起きている  今賢い日本の若者達  世界の若者達がウ平連・パ平連としてデモを始めている  昔のベ平連のように  そう  子連れの主婦までもが参加した  あの反戦デモのお手本を思い出して欲しい  そのデモの最中(さなか) ベ平連のデモ隊から突如  「かあさんが 夜なべぇ〜をして〜手ぶく〜ろ 編んでくれた〜 木枯らーし吹いちゃ 冷たかろうて せっせぇ〜と編んだだよ〜・・・」と整然とした かあさんの歌の合唱が起こる

対峙する機動隊  ヘルメットのフェイスガードをハネあげ 涙を拭う  石を投げるだけがデモではない

そこに居るオマエ ! 反省しろ !  なんと云うんだ 「あっしが悪う ござんした」  戦争を知らない昔の子供たちよ・いやジジイ達  ! いえ 親愛なる諸君  この世に存在した証として もう一花咲かそうではないか

野に咲く花として 同士よ 今こそ立とう !

シュプレヒコール  !

「戦争反対 ! 停戦賛成

"年金上げろ!」(脈絡ありません)

我々は〜(バカデカイ声出すんじゃネェ! )いまぁ〜為すことは〜・・・「我々とか諸君・同士なんてこと言うから誰も付いて来ねぇんだよ」「そうだ ! 同ォー感ァ〜ん !」「尚 悪いや・・・」

今でも反戦意識を持っている諸君・ではなく爺ぃばばあ軍団に告ぐ  デモに参加して意思表明をしよう  杖を突いてでも「多数の参加は世間が認知してくれる」

「数は力なり」 デモの参加は無理なら・・・

「俺達なゃァ オメェと云う(選挙人四割の)強ェ〜味方があったのだ・・・・・・!  



作者の都合により  脈絡なき割り込みを致します


宝塚歌劇団

ひと言で言うなら舅(しゅうと  しゅうとめ)根性  自分が受けた仕打ちを 今度は下位の者に対して・・・

典型的な島国根性

我が落研 一年の夏合宿の最終日の夜  二・三・四年生全員から張り手を喰らう  翌朝 左頬は腫れ揚がり

左眼が開かない  そのあとの同期打ち合わせ会議  俺達 上級生になったときには 決して下級生には暴力を振るわない !

何故 宝塚歌劇団の女子よ この考えに至らず  かばい合い体質で聞き取り調査を逃げ  特定された団員よ !  一生後悔し続けることになるだろう

今することは 公の場で 真実を述べることしかない・・・


鰻の幇間   つるつる

「利口でできず  バカではやれない たいこもち」 ある人・たいこもちが自分の 本当の顔になるときは 何時ですか ? 」とたいこもちに尋ねると「便所に入ったときでしよう・・・」

やたら客に べたべたと世辞らない・洗練された会話の粋さを持つ 筋金入りの芸人

やはり バカでは勤まらない  利巧な徒(やから)は ?  幇間程 IQ値 (使い分けの)高くない    


道具屋 (露天商)

少−しバカ・・・りおつむは弱いが胃は丈夫の与太郎さんと隣の間中(同業者)とのやりとり(会話)時は天道(てんとう)干しの昼店「みーろションベンしてったじゃねえか」与太郎「えっ

!早ェとこしていきやがったなァ」間中「探す奴があるか道具屋符牒で買わずに行っちまう客をションベンって言うんだ」「じゃあ買ってくのを・・・」「汚ぇこと云うんじゃねぇ」

客「なにか珍なる物はあるかな?」「あるよ」「あったらここに出しなさい」「おっ母さんが人前に出すもんじゃないって」


品川心中

有名な心中は 愛人との太宰治  女の方から心中を持ちかけるなんてぇー  艶っぽく哀れさを伴う「鳥辺の山はそなたぞと  死にに行く身のうしろ髪」「死ににいく身をたとうれば 仇しが原の道の霜  ひと足ずつに消えてゆく  夢の夢こそあわれなれ」  こんな想いになったアータ  今から三十分以内にこれをお読み下さい  バカを増やしてお待ち致します  読後三十分を過ぎますと 腹が立ってきて興奮して眠れなくなります「社長〜も少し気持ち良く眠らしてぇ〜お願い〜」「それでは馬けんの落語CD(シーデー)をプレゼントします「社長ォ〜ありがとォ〜あれなら直ぐにあくびが出てグッスリと・凄〜ぃこのまま永遠の眠りに・・・ン?  けど わたし心中なんてしません  お手当てもらえなくなったら  愛人でなくなるから ? ・?・?・

こちらの心中は  品川宿のあばずれ女郎が 間抜けの雑巾いや金蔵に 相方になってもらおうとして未遂となつたおはなし

心中し損なった金蔵  親分の家に行くしかない  そこには若ぇ衆7〜8人集めてガラガラッポン  そこへ金蔵

慌ただしく表戸をドンドンと叩く  「手が入ったァ!」蜘蛛の子を散らすように 皆逃げ惑う  その一人 四斗樽の糠味噌桶に飛び込む  ようやく落ち着いたところで

親分「早く  上がらねぇか  さっさと」若ぇ衆「へぇ 上がらねぇんです・さっき飛び込んだとき 玉ァぶっつけて飛ばしちゃって  もう助かりません・取れちゃったんで  大事な物なくすといけねぇから しっかり股に挟んでやす」気丈なヤローだ

取れた急所 見せてみろ ! 」「へっ  これでござんす」「・・・バカヤロー  茄子だそりゃァ」「茄子ゥ〜どうりで・・・デケエ  エヘヘッへっへぇ 古ずけみてぇのが 着いておりやんした」



短命 (たんめい)

昔の寮歌 デカンショ(デカルト・カント・ショウペンハウエル)あたしはカントが好きでしてベルグソンは一部を除き「何を言っているのかあっしにはなんのことやらト・ン・ト・?「美人ヘもするクソもする」 当たりめぇのこと言うな !  美人薄命と聴いた少ーし足りねぇバカヤロー「ンー!  美人はあれ履(へ)いてねぇのか ? 」  美人履くめぇってんで

昔流行ったキャッチコピー「スカッとさわやか  コカコーラ

」その頃の女子大トイレの落書きに  「スカッと さわやか ノーパンティー」  わかる  分かる 納得  !


以前も書いた「トリ」の役割について今一度説明します  NHK紅白で云う  大トリと云う言葉は存在しません  寄席で前半最後の高座を「前トリ」  中入り直後の高座を「喰いつき」  最後の高座を「トリ」(主任)と呼び  「取る」からきました  トリをスマホで検索すると・・・これを書いた方は神永さんですか?  説明をボカしてます  昭和49年刊  落語協会編集 「古典落語」に依ると  トリは自分の受け持っている席(主任)のことを指します  落語家の給金は一日遅れです

主任を務めた寄席  その晩の客が200人としますと  眠たそうな声が「な〜か〜い〜り〜」(中入り)と聞こえたとたん  木戸(入場料)の上がり高の七分が楽屋に届けられます(あとの三分は席亭の取り分)  注;中入り時点で客数が確定します それをトリ(主任)が自分の家に持って帰る  そして古新聞を16に切ったのに  表に宛名・裏に客数を書いて その日の給金を応分(もちろん均一ではない)に包みます  これをお割と云います  翌日めいめいに渡します  ですから小咄にあるように 「おゥ ! 寄席が引(し)けたってなぁ  これからみんなで吉原にでも繰り込もうじゃねぇか ! 」二つ目クラスですと 翌日ですからそんなに威勢良く応えられない  「寄席が引(し)けたってなぁ ! 」

「うち(家)ィ帰ってションベンして 寝るか・・・」



湯屋番


「拙などは・・・感服でげすな」などと浮き世離れしたことば使いで下々とは一線を画している若旦那

道落の果てに出入りの職人(親方)の家に十六かい(二階に厄介)となる そこのおかみとは 十六階でありながら 仲が良くない  「この前おめぇ(親方)のカミさん聞こえよがしに;二階のいそうろう何にもしやしない  若ダーナ ! たまには お豆腐買いに  行って下さいな ! ;ざるを押し付けられて・・・行ったよ  直ぐに帰ると  近くの不味い豆腐屋で買ったのバレるから どっか寄る所ないかなぁ〜と  あったよ  公衆便所  立っていてもと何だからしやがんだよ 豆腐はてぇと? ・・・しようがねぇから金隠(きんかくし)の脇に置いた 」 「汚いねぇ若旦那 ! 」  「バシャ !  ンッ ! そこには溜まりションベンが」「ウェ !」 「帰るとおまえのカミさん  若旦那  "遅いじゃありませんか  "と言うなりザルをひったくって洗わずにトントントーンと切って鍋の中に入れた  そのおみおつけあたし  喰えると思うかい ?  そん時のおめぇだよ  ;今日のおみおつけ・豆腐が程よく色ずき・妙にダシが効いていて旨い旨いと言って

三杯もお代わりしたじゃねぇか・・・?」



厩(うまや)火事

孔子の留守中  厩から火が出て 愛する白馬が焼け死ぬ  家来の身を案じ無事だと知るが 愛馬については聴くことはなかった  一寸の虫にも五分の魂  人間も馬も同じ命  孔子の人情はいずこへ・・・例えとしては不適切


この噺の髪結いのお崎さん(齢三十四)子は無くかわいい女  亭主二十七才 女出入りなく 博打は打たず 悪い人間でもないが勤労意欲ゼロ 髪結いの亭主の典型  始終夫婦喧嘩が絶えず  仲人の旦那(五十五才 大店とはいかないが古着商を営み 誰かれも好かれている)の所へ駆け込むお崎さん「今日こそ別れさせて頂こうと・・・」「じゃあ何だって八年もの間一緒に居たんだい ! 遠慮するこたぁない 縁がないんだろ 別れなさい お別れおわかれ  別れなさいッ ! 」「けど旦那の前ですけど あんな優しい亭主 鉦や太鼓で探しても・・・」  「いったい どっちなんだい ! 」 「・・・・・・一ッ床寝は  ねぇ〜  寒いしィ・・・」



蛙(かわず)茶番


スマホの解説とは 少ーし異なり  茶番の始まりは元禄の頃 歌舞伎の大部屋の下戸(げこ)の連中が 千秋楽の日に茶を飲みながら 各自が隠し芸などをして楽しんだところから来た説


素人芝居の半公 緋縮緬の褌を自慢しようと 褌をし忘れたのに気づかずに 半公  股を拡げ「よーく見つくんな  町内でこれくらいのモノを持ってる奴ァいねぇや !」兄ィ「ンッうん」「どうだ デケェだろう」「ン  ウゥン デケェ」立派だろう」「てぇしたもんだ 」「町内の女の子に見せるんだ」「目ぇ廻しちまわぁ」「ひっぱると皺が伸びるんだ」「あっ あァン」「ウソだと思うんなら喰わえてみつくんな」「オレがぁ〜 喰わえるゥ〜オメェのぉ〜 ? 」「ちゃりチャリって響(おと)がして離すとまた縮むんだ」「そんなモノ早ェとこ終っちまいな」「冗談いっちやいけねぇ これだけ立派なモノを  角の茶店の女将にも観せに・・・」「止めとけ ! 亭主のと比べたら  騒ぎとならあ〜」



三人旅


昔の旅は宿場から宿場へテクテクと歩いて行く 現代ではトイレが電車内や駅毎にあるのと違い  畑の中から「誰か〜紙ィ〜持ってきてくれぇ! 」 あたしのトイプードルみたいに所構わず  草のある所ならしゃがみ込む  昔ものどかとは言えず「広びろとぉ〜心せわしき野グソかな〜」人が来ぬかと辺りキョロ キョロ  心労の果てに途中で切り上げる残プンの切なさよ  ただヤローの立ちション 洋式トイレでは座ってするべし  店屋のトイレにも書いてあります

終えたあと 残った雫は紙で吸い取り 新幹線トイレの数が少ない  たちショントイレがあるからまだしも  ただペットの居場所が・・・ フツー車の肘架けはハネ上がり置き場所はあるがグリーン車はハネ上がらない  床に置くと振動が伝わりストレスに  抱っこしてたら車掌に注意された  山手線も同じ 四つ目の駅前の住まいだが 息子が東京駅まで車で送迎  ペットの乗車賃払ってないので仕方ないか ? 三日飼われると恩を忘れず  の例え通りの我が家のお犬様  怪我をした時  救急隊員の傍に立って付き添い鼻をくっつけてきて ずっと励ましてくれていた ありがとう !



居酒屋


「酔い覚めの 水の旨さを 下戸識らず」

「酒呑みは やっこ豆腐に さも似たり 初め四角であとはぐずぐず」「下戸の薬識らず 上戸の毒識らず」

「酒の無い国に行ってみたい2日酔い

また三日目に戻りたい」  おかみさんを向こうに廻して 長火鉢をはさんでのさし向かい  「も ーこの徳利に半分 持ってきておくれよ」 「お止しなさいよ・・・」「良いじゃないか これっきりにするから」「あなた酔っ払うと 直ぐにぐうぐうと寝てしまうんですもの・ウゥン〜つまんないわ」  女が抱いている心算を分かってあげないと「この酒をさ 止めちゃ嫌だよ呑ましておくれさ  まさかしらふじゃ 言われない」



団塊の世代   一

我々団塊の第一世代 陥没の世代  この世に別れを告げる「トキ」が近づきつつも  だからといって子や孫に テメェの生き様を 私の履歴書として残そうとはそれほど偉くもなし ただ人生一度はあるわかき日・考える時期  自分なりの考えを確立したはたち前後 左翼小児病と言われ 学生全体をプチブル=インテリケンテャーの卵とみなし(四大進学率20%前後)民青も三派革マルも 少なくとも伊藤仁斎の思想を学んでいたなら  このままでは 世の中渡れネエと  結果論でなく 大半のプチブル予備軍は皆そう思っていた  デモ参加の動機はほかにもあったのか? 三島由紀夫が言うようなモーリァックのテレーズと同じく  当時の椎名外相が「日本はベトナムから離れているので被害は及ばない」との安心し切った人間・政府当局者・大学管理者・日本の権力構造の体制の目の中に不安を見つけ出したかったのか ? 私を含め  その手段として権力の手先の機動隊に石を投げ  ただ殺られたら殺り返す

機動隊のようなそんな根性を持つことはなかった 人間として !  人の心は失いはしない  攻撃的行動のあとに残ったものは・空白・心の無  その裏返しとして甘えと優しさを求め 理解する女と同棲  そんな成り行きを子や孫は理解できない  新聞に掲載される「私の履歴書」にある出世階段を登ってきたエリートとは違う  しかし彼らと比べ若い時の陥没時期あってこその味のある人生  決してマイナスに作用していなかったと胸張るべき  転向したのは官庁・企業であれ体制内の不安の目を見る為であった  都合の良い言い訳なのかも  半分は  陥没しなかったエリートを学卒知識人とは呼ばない  大学の同期に埋没知識人がいた「弱い人間ほど人の上に立ちたがる」自らの思想に凝り固まり学ぶ姿勢に欠け己を知ろうとしない  久しぶりに会ったときは便所の火事(ヤケクソ)になっていた  変化に対応できない・・・IQ値の差が出てきたのか? 人それぞれ・・・続く



4/8 更新

団塊の世代

パート 2

高崎から始まった全共闘 公立でもそうなのだから私立大学の裏口入学・特に寄付金の額で合否の決まる大学 ザラにあった

それが現実 自民党の裏金疑惑と変わらない 繰り返されるのが世の中 そんな理不尽世を正そうとして正義感を持った団塊の世代 今 死に方を考える歳になり己の総括を巡らせる 身共は以下の言葉に唸りもする 25才のとき左翼にならない人には心がない 35才になっても左翼のままの人には頭がない チヤーチル  20才までに自由主義者でなければ情熱が足りない 40才でも保守主義者でなければ知能が足りない チヤーチル20才で社会主義者でなければ情熱が足りない 30才でもそうならば頭が足りない仏首相ジョージ・クレマンソー

団塊の世代の転向は自然の帰結


戦後生まれの皆が「いちご白書をもう一度」のあの甘酸っぱい味を識ったようにその頃 正義なんぞあるわけねぇこの世の中を俺がと 青臭くて当たりめぇだよ文句アッカ !  別に「私の履歴書」に載るようなエリートの自慢話じゃあるめぇし中島みゆきの歌から始まるNHKのプロジェクト X に取り上げられた成功体験談もねぇから ただ只 子供達を成人させるまで育て上げたことが唯一の自慢だよとそれで良いんだよ 人は人 テメエはテメエ 総括したい奴はすれば良い 無理やりするこたぁねぇよ それよりこれから先15年〜20年先をまだまだ長えんだよ 俺なんざぁアテにしてた仕事は無くなるし世の役に立つことと言っても・・・震災ボランティアだけは 頼むから止めてくりー人様の邪魔にだけは・・・俺の後輩高校の頃からのさすらいのジヤンサア〜 町会のボランティアでもちろん金は賭けずの麻雀教室を主催 ただねぇ 巷の噂では 負けの込んだ4月4日(お姉ぇの日)に対し「体で払え!」と言っているとか ・・・趣味が麻雀だけならまだしも その趣味にまで入れ込みやがる ヤダねぇ〜なりたかないねぇ〜いつからその道に ? そう言えば・・・無かったのが 突然 ! 人の人生  分からねぇもんだ !





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